Day16:シティポップ再評価の源流 ― 山下達郎と大滝詠一

80年代歌謡曲について

Day16:シティポップ再評価の源流 ― 山下達郎と大滝詠一

近年、世界中で「City Pop」という言葉が広まり、日本の1980年代の音楽が改めて脚光を浴びています。その中心にあるのが、山下達郎と大滝詠一という二人の存在です。彼らの音楽は、当時は「洗練された都会派ポップス」として国内で人気を集めましたが、21世紀に入り、インターネットやSNSを通じて世界的な評価を得るようになりました。


山下達郎 ― 職人肌のポップス職人

山下達郎は1970年代から活躍していたシンガーソングライターで、1980年代に入るとその存在感を一層強めました。特に1983年に発表された「クリスマス・イブ」は、日本の音楽史に残る大ヒット曲です。1989年にはJR東海のCMソングに起用され、毎年クリスマスシーズンになると街中で流れる“定番曲”として定着しました。

この楽曲の魅力は、彼の 緻密なコーラスワーク にあります。山下が一人で多重録音し、まるでゴスペルクワイアのような豊かな響きを生み出したその音像は、日本の歌謡曲の枠を超えた芸術性を持っていました。彼の音楽は「シティポップ」の代名詞として語られることが多いですが、実際には彼自身が常に意識していたのは「普遍的なポップス」であり、だからこそ時代や国境を越えて聴かれ続けているのです。


大滝詠一 ― 永遠の名盤『A LONG VACATION』

もう一人の重要人物が、大滝詠一です。彼が1981年にリリースしたアルバム『A LONG VACATION』は、日本ポップス史に残る金字塔といわれています。「君は天然色」「カナリア諸島にて」などの名曲は、リゾート感あふれるサウンドと切なさを含んだメロディで、多くのリスナーを虜にしました。

このアルバムのジャケットを担当したのはイラストレーターの永井博。プールサイドや南国のリゾートを描いたアートワークは音楽と見事に調和し、まさに「音楽とビジュアルの融合」の先駆けでした。今日、SpotifyやYouTubeで「シティポップ」が注目される際に、このアルバムのイメージが象徴的に扱われるのは、当時の作品がいかに完成度の高い“トータルアート”であったかを示しています。


シティポップの音楽的特徴

シティポップと呼ばれる音楽の特徴は、 都会的で洗練されたアレンジ にあります。ジャズ、AOR(Adult Oriented Rock)、R&Bといった欧米の音楽要素を積極的に取り入れ、日本語の歌詞に乗せたことが新鮮でした。そこには「都会で自由に生きたい」「海外の文化に触れたい」という80年代日本の若者の憧れが色濃く反映されていました。

山下達郎の緻密なスタジオワーク、大滝詠一のリゾート感あるポップス――どちらも単なる歌謡曲の延長ではなく、世界基準で通用する音楽性を備えていたのです。


海外でのリバイバル

2000年代後半から2010年代にかけて、YouTubeを中心に日本のシティポップが海外で再評価され始めました。特に松原みきの「真夜中のドア〜Stay With Me」が海外の音楽ファンの間でバイラルヒットとなり、Spotifyのグローバルチャートにランクインする現象が起こりました。

この流れのなかで、山下達郎や大滝詠一の楽曲も再び注目を集めました。英語圏のリスナーからすると、日本語の歌詞は理解できなくても、メロディやアレンジが持つ「普遍的なポップの魅力」が心に響いたのです。シティポップは国境を越え、「日本から生まれた世界音楽」として位置づけられるようになりました。


歌謡曲への影響

シティポップの存在は、80年代のアイドル歌謡や歌謡曲全体にも大きな影響を与えました。松田聖子や杏里の楽曲には都会的なアレンジが取り入れられ、アイドルポップの枠を超えて「洗練された音楽」として楽しめる要素が加わりました。

言い換えれば、シティポップは歌謡曲をより幅広い層に届けるための「架け橋」となったのです。アイドルの甘い旋律に、シティポップ的なサウンドが重なることで、より立体的な音楽体験が可能になりました。


まとめ ― シティポップが残したもの

山下達郎と大滝詠一の存在は、単なるヒットメーカーにとどまりませんでした。彼らは日本の音楽に「世界水準のポップス」を根付かせ、その成果が現代のシティポップ再評価につながっています。

80年代に生まれた楽曲が、40年近く経った今も世界中で聴かれているという事実は驚くべきことです。それは、当時の音楽が「時代の流行歌」であると同時に、「普遍的な芸術作品」としての力を持っていたからにほかなりません。

シティポップの再評価は、単なる懐古ブームではなく、日本の音楽史に眠っていた宝物が再発見された出来事だったといえるでしょう。


参考文献

  • 永井博『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition 解説書』ソニー・ミュージック、2021年
  • 馬飼野元宏『シティポップとは何か』ブルース・インターアクションズ、2019年
  • 田中雄二『日本のポップスを創った男たち』音楽之友社、2018年
  • 朝日新聞「シティポップ、世界で再評価」2020年記事
  • NHK BSプレミアム『シティポップの逆襲』2021年放送