80年代歌謡曲について
Day17:女性デュオ・トリオの系譜 ― Winkからプリプリへ
1980年代後半、日本の音楽シーンにおいて女性デュオやトリオ、さらには女性バンドの台頭は大きなトピックでした。アイドル黄金期の延長線上でありながらも、それまでの「可憐で清純」なイメージを打ち破り、より多様で個性的な女性像を提示したのが、Winkやプリンセス・プリンセスといったグループたちです。彼女たちの存在は「女性はアイドルかソロ歌手」という固定観念を崩し、90年代以降のガールズグループやバンドブームへとつながっていきました。

無表情の美学 ― Winkの登場
1988年にデビューしたWinkは、従来のアイドル像を大きく揺るがしました。鈴木早智子と相田翔子による二人組は、「笑顔を振りまくアイドル」という常識を覆し、無表情で淡々と歌うスタイルを徹底しました。代表曲「淋しい熱帯魚」(1989年)は、日本レコード大賞を受賞し、ユーロビートを大胆に取り入れたアレンジで大ヒットしました。
Winkの特徴は「クールで人形のような美学」にありました。華やかな衣装をまといながらも微笑まず、視線すら合わせないステージングは、当時の若者にとって非常に新鮮であり、逆に強烈な魅力を放ちました。まさに「笑わないアイドル」というキャッチコピーが象徴するように、個性で勝負する新しい時代の幕開けだったのです。
ロックを奏でる女性たち ― プリンセス・プリンセス
1980年代後半を語る上で欠かせないのが、女性ロックバンド「プリンセス・プリンセス」(通称プリプリ)の存在です。彼女たちは「Diamonds」(1989年)、「世界でいちばん熱い夏」などのヒット曲を連発し、女性がバンドを組み、本格的なロックを奏でながらアイドル並みの人気を得るという前例のない成功を収めました。
プリプリの魅力は、アイドル的な親しみやすさと、演奏力に裏打ちされた本格的な音楽性の両立にありました。特にボーカル岸谷香(当時:奥居香)の力強い歌声と、メンバー全員で作り上げた楽曲は、同世代の女性たちに強い共感を与えました。「女性でもここまでできる」という姿勢は、ガールズバンドの可能性を広げ、後のJUDY AND MARYやSPEEDなどにもつながる流れを生み出したのです。
70年代から続く女性グループの系譜
Winkやプリプリの成功は突発的なものではなく、70年代から続く女性グループの系譜の延長にありました。キャンディーズは「微笑がえし」などで国民的な人気を博し、ピンク・レディーは「UFO」「サウスポー」といった曲で社会現象を巻き起こしました。彼女たちは「可愛い」「元気」というイメージを前面に出していましたが、80年代後半になると、そこに「クールさ」「強さ」といった新しい要素が加わったのです。
つまり、女性アイドルは「笑顔で可愛らしい」だけでなく、「表情を消す」「バンドでロックする」というスタイルでも成立することが証明されたのが、この時代だったといえるでしょう。
社会的背景と女性像の変化
80年代後半は、バブル経済に沸く一方で、女性の社会進出やライフスタイルの多様化が進んだ時代でもありました。ファッション雑誌やテレビドラマに登場する女性像は、キャリア志向や自立した個性を強調するようになり、音楽シーンにもその影響が及びました。
Winkの「笑わない美学」やプリプリの「女性ロックバンド」という存在は、こうした社会的背景の中で「女性はこうあるべき」という旧来の価値観を壊す象徴となったのです。音楽は単なる娯楽ではなく、女性の生き方や自己表現の手段として重要な意味を持ち始めていました。
90年代以降への影響
Winkやプリプリの登場は、その後の音楽シーンに大きな影響を残しました。90年代にはSPEEDやMAXといったダンス&ボーカルグループが台頭し、女性デュオやユニットは新しい形で進化を遂げます。また、プリプリの存在は、女性がバンドを組むことへの抵抗を取り払い、ZONEやSCANDALといった後輩ガールズバンドの活躍へとつながっていきました。
こうして80年代後半の女性グループの多様化は、単なる一時のブームではなく、日本のポップス文化における「女性の可能性の拡張」を象徴する出来事だったのです。
まとめ
Winkが示した「無表情の美学」と、プリンセス・プリンセスが体現した「女性ロックバンドの成功」は、どちらも80年代後半を彩る大きなトピックでした。それは、女性が音楽シーンで「笑顔を振りまく存在」だけでなく、「クールで強い存在」としても受け入れられることを証明しました。
彼女たちの活躍は、アイドルや歌謡曲の枠を超え、女性アーティストの表現領域を一気に広げました。まさに80年代後半は、女性グループが「アイドルとアーティストの境界」を自由に行き来できる時代だったといえるでしょう。
参考文献
- 馬飼野元宏『アイドル黄金伝説』洋泉社、2015年
- 音楽雑誌『オリコンウィークリー』1988〜1990年号
- 中川右介『アイドルの時代』講談社現代新書、2011年
- 朝日新聞「女性バンドの快進撃 プリンセス・プリンセスの成功」1989年記事