Day18:作詞家・松本隆の功績 ― 言葉で描く青春

80年代歌謡曲について

Day18:作詞家・松本隆の功績 ― 言葉で描く青春

1980年代の歌謡曲の輝きを語るうえで、欠かすことのできない存在が作詞家・松本隆です。彼はもともとロックバンド「はっぴいえんど」のドラマーとして活動していましたが、作詞家へと転身した後は、日本の歌謡史を塗り替える数々の名曲を世に送り出しました。彼の手がけた楽曲は、単なる「流行歌」にとどまらず、一編の小説や詩のような深い情緒を持ち、聴く人の心に鮮やかな情景を浮かび上がらせました。


松田聖子とともに描いた青春

松本隆の存在を一般に広く知らしめたのは、やはり松田聖子とのコンビでした。「青い珊瑚礁」(1980年)や「赤いスイートピー」(1982年)は、その代表作といえるでしょう。

特に「赤いスイートピー」は、少女から大人へと移ろう心情を繊細に描いた名曲です。花の名前をタイトルに据えるという大胆さと、淡く切ない言葉選びは、聴く人の心をとらえました。この曲は、単なるラブソングではなく、「青春のある瞬間」を封じ込めた文学的作品でもあったのです。

松田聖子の透明感ある歌声と松本隆の詩的な歌詞は、まさに黄金コンビであり、80年代のアイドルポップを芸術の域へと押し上げました。


中森明菜への提供曲と「影」の美学

松本隆は、明るく爽やかな曲だけでなく、切なさや影を帯びた楽曲にも強みを発揮しました。中森明菜に提供した「スローモーション」(1982年)は、恋に落ちる瞬間の静けさを丁寧に描き出した名曲です。

「スローモーション」という言葉自体が新鮮であり、当時の歌謡曲の中では異色の詩的表現でした。明菜のやや陰のある歌声と相まって、松本の歌詞は「光と影」を見事に表現する役割を果たしました。

松本隆の歌詞は、ただ恋の甘さを描くだけでなく、恋愛の痛みや哀愁、孤独といった感情も巧みに織り込みます。その幅広い表現力こそが、80年代歌謡曲を「深みのある大衆音楽」へと進化させたのです。


「情景が目に浮かぶ歌詞」の魔法

松本隆の作詞術を語る際に、しばしば言及されるのが「情景描写の巧みさ」です。彼の歌詞を聴くと、まるで映画のワンシーンを切り取ったかのように情景が浮かびます。

たとえば「渚のバルコニー」(1982年)では、海辺での甘酸っぱい恋のひとときが生き生きと描かれます。単なる恋愛感情の描写にとどまらず、「潮風」「バルコニー」といった言葉の選び方によって、リスナーの頭の中に鮮明な映像を喚起するのです。

これは松本隆が「詩」と「歌詞」の境界を越えた存在であったことを示しています。彼の作品は耳で聴くものであると同時に、目で「読む」楽しさをも持ち合わせていました。


言葉が音楽に与えた影響

松本隆が手がけた歌詞は、単に楽曲の付属物ではなく、メロディと同等に重要な役割を果たしていました。彼の詞はメロディに自然に寄り添い、言葉の響きそのものが音楽として機能するのです。

たとえば「風立ちぬ」(1981年)では、タイトル自体が堀辰雄の文学作品を想起させ、文学と歌謡曲をつなぐ架け橋となりました。松本の詞は、歌謡曲に「知性」と「品格」をもたらし、若者から大人まで幅広い世代に受け入れられました。


80年代歌謡曲と「言葉の力」

80年代はシンセサイザーやユーロビートといった新しいサウンドが取り入れられた時代でしたが、そんな時代だからこそ、松本隆の「普遍的な言葉の力」が際立ちました。どれほど編曲が変わっても、彼の歌詞には人々の心に届く力があったのです。

「赤いスイートピー」や「スローモーション」が今なお歌い継がれているのは、その旋律の美しさだけでなく、歌詞に描かれた情景や心情が時代を超えて共感を呼ぶからにほかなりません。


後世への影響

松本隆の作詞スタイルは、その後の日本の音楽シーンに大きな影響を与えました。90年代の小室哲哉プロデュース作品や2000年代のJ-POPにおいても、情景描写や比喩を駆使するスタイルが受け継がれています。

また、シティポップ再評価の流れの中でも、松本が手がけた歌詞は改めて注目されています。海外のリスナーが日本のシティポップを愛する背景には、英語に翻訳されてもなお輝きを失わない「普遍性」があるのです。


まとめ

松本隆は、80年代歌謡曲を単なる大衆娯楽ではなく、文化的・文学的に価値あるものへと高めた立役者でした。松田聖子や中森明菜といったスター歌手の背後には、彼の言葉の力がありました。

「情景が目に浮かぶ歌詞」「青春を切り取る言葉の魔法」こそが、松本隆の最大の功績だといえるでしょう。そしてその影響は、今なお現代のJ-POPやシティポップの中に息づいています。


参考文献

  • 松本隆『風街詞考』リットーミュージック、2019年
  • 馬飼野元宏『アイドル黄金伝説』洋泉社、2015年
  • 中川右介『アイドルの時代』講談社現代新書、2011年
  • 朝日新聞「作詞家・松本隆 インタビュー」1983年