80年代歌謡曲について
Day8:近藤真彦とジャニーズの台頭 ― 「マッチ」の時代
1980年代前半、日本の音楽シーンを語るうえで欠かせない存在が、近藤真彦、通称「マッチ」です。彼は単なる男性アイドルの枠にとどまらず、時代の空気そのものを体現する存在として国民的な人気を集めました。

「たのきんトリオ」からのスタート
近藤真彦が最初に注目を浴びたのは、田原俊彦・野村義男と共に結成された「たのきんトリオ」です。1979年から放送されたテレビドラマ『3年B組金八先生』への出演をきっかけに、三人は一気にお茶の間の人気者となりました。ティーンエイジャーを中心に絶大な支持を得た彼らは、1970年代後半に隆盛を誇った女性アイドルブームに対抗する「男性アイドル時代」の幕を開けたといえるでしょう。
そのなかでも近藤真彦は「マッチ」という愛称で親しまれ、グループ活動を超えてソロ歌手としての道を歩み始めます。
ソロデビューと大ヒット曲
1980年、「スニーカーぶる〜す」でソロデビューした近藤真彦は、鮮烈なスタートを切りました。この曲はオリコンチャートで1位を獲得し、第22回日本レコード大賞の最優秀新人賞も受賞。デビューと同時に「トップアイドル」としての地位を確立したのです。
続く「ギンギラギンにさりげなく」(1981年)、「ハイティーン・ブギ」(1982年)などのヒット曲は、いずれもキャッチーで耳に残るメロディと、等身大の若者らしさを前面に出した歌詞が特徴でした。彼の歌は単なるアイドルソングではなく、時代の若者文化とリンクした“青春の応援歌”として受け止められました。
男らしさと親しみやすさの両立
マッチの魅力は「二面性」にありました。ステージ上ではキラキラとしたアイドルとして輝きながらも、どこか不良っぽさを漂わせるワイルドな雰囲気を持っていたのです。当時の歌謡界では「男性アイドル=女性向け」というイメージが強かったのですが、マッチはその殻を破り、男性からも支持を得ました。
例えば「ハイティーン・ブギ」ではバイクにまたがる姿が映像化され、「やんちゃだけれど憧れる兄貴分」としてのキャラクターを確立しました。女性ファンにとっては恋愛の対象、男性ファンにとっては共感や憧れの対象となり、幅広い層を巻き込むことに成功したのです。
ジャニーズ事務所の戦略と基盤形成
近藤真彦の成功は、ジャニーズ事務所にとっても大きな意味を持ちました。1970年代には郷ひろみが国民的スターとして活躍しましたが、80年代に入るとそのバトンをマッチが引き継ぎます。彼を中心とした戦略的なプロデュースによって、ジャニーズは「男性アイドルを継続的に輩出できる組織」としての地位を固めていきました。
マッチの後には少年隊(1985年デビュー)、そして光GENJI(1987年デビュー)が続きます。これらのグループはいずれも独自の魅力を持ち、80年代から90年代にかけて男性アイドル文化を大きく発展させました。その基盤を作ったのが、まぎれもなく近藤真彦だったのです。
歌謡曲への影響と文化的役割
近藤真彦が活躍した80年代前半は、松田聖子や中森明菜など女性アイドルが席巻していた時代でもあります。そのなかでマッチは「男性アイドルも国民的スターになれる」という道を切り拓きました。彼の存在は、歌謡曲における「アイドル」という概念を拡張し、性別を超えた広がりを持たせたといえるでしょう。
また、マッチのヒット曲は今なお80年代歌謡曲の代表として語り継がれています。「ギンギラギンにさりげなく」は世代を超えて歌い継がれ、カラオケでも定番曲となっています。単なる流行歌ではなく、文化的アイコンとして定着した点も彼の大きな功績です。
現代から見た「マッチの時代」
今日、ジャニーズ事務所(現:STARTO ENTERTAINMENT)からは数多くのグループがデビューし、日本のエンターテインメントを支えています。その始まりに立った存在こそ、近藤真彦です。彼の成功体験は「アイドルを総合的にプロデュースする」というジャニーズ独自のスタイルを完成させ、その後の世代に引き継がれました。
つまり、80年代のマッチの時代は、日本の男性アイドル文化が「一過性のブーム」から「継続的な産業」へと変わる転換点だったといえるでしょう。
まとめ
近藤真彦は1980年代前半の歌謡曲シーンを象徴する存在でした。デビュー曲から次々とヒットを飛ばし、女性だけでなく男性からも支持を集めた彼の姿は、アイドルという枠を越えた「時代の顔」でした。
彼の存在なくして、ジャニーズの隆盛も、そして日本の男性アイドル文化の発展も語ることはできません。まさに「マッチの時代」は、80年代歌謡曲の重要な一章だったのです。
参考文献
- 馬飼野元宏『アイドルと昭和歌謡』NHK出版、2018年
- 田家秀樹『ヒットの正体 80年代歌謡曲の真実』講談社、2015年
- 『朝日新聞』文化欄「近藤真彦とジャニーズの時代」2016年記事
- 高護『日本のポップスをつくった男たち』新潮文庫、2003年